東京五輪開会式の翌日、7月24日の夕方。柔道競技の初日に、男子60キロ級で2016年リオデジャネイロ大会銅メダリストの高藤直寿選手が準決勝でカザフスタンのエルドス・スメトフ選手と対戦。延長戦11分の死闘を繰り広げた末に勝利を収め、決勝進出を決めた。

全日本柔道連盟科学研究部で試合データの分析を2005年から16年間担当してきた石井孝法氏は、「あの紙一重の勝負に勝ったことで、やってきたことが報われたと思いました。うれしいというより、ようやく苦しみから抜けられるという感じでした」と振り返る。高藤選手は決勝で反則勝ちし、見事に金メダルを獲得した。

石井氏は東京五輪の前は1500日以上、休みを取っていなかった。4月から試合映像データを分析する日々が続き、平均睡眠時間は4時間を切っていたという。「日本の柔道は勝って当たり前と言われる。そのプレッシャーは相当きつい。世界一のチームになるには、スタッフも世界一でないといけないんです」と語る。

全日本柔道連盟強化委員会強化委員/科学研究部サポート統括として試合映像データの解析を担当した石井孝法氏。了徳寺大学教養部教授を務め、柔道は五段
全日本柔道連盟強化委員会強化委員/科学研究部サポート統括として試合映像データの解析を担当した石井孝法氏。了徳寺大学教養部教授を務め、柔道は五段
(写真:長坂 邦宏、以下特記のないものは同)

「井上、鈴木両選手のビデオ映像は世界で一番見た」

1980年北九州市生まれの石井氏は柔道の推薦で福岡市の沖学園中学校に進学。全国中学校柔道大会の団体戦で決勝へ進出し、後の2004年アテネ大会100キロ超級で金メダリストとなる鈴木桂治選手(東京五輪男子代表コーチ、現・男子代表監督)率いる国士舘中学に敗れた。その後、全日本の中学強化選手に選ばれ、鈴木氏との親交を深める。高校は福岡大学附属大濠高校へ進学した。スポーツの強豪校として全国にその名が知られ、数々のトップアスリートを輩出している。だが、柔道部に入った石井氏は「身長が178センチで止まって小柄な選手になってしまい、思うように結果が残せなかった」。

再び少しずつ結果を出せるようになったのは福岡大学に入ってからだ。全日本の100キロ級の担当コーチを務めていた福岡大柔道部の監督に指導を受け、大学3年のときに講道館杯全日本柔道体重別選手権大会で3位、大学4年のときも準決勝まで進んだ。社会人1年目には井上康生選手(東京五輪男子代表監督)と対戦し、準決勝で敗れている。

日本柔道のトップレベルで活躍した石井氏だが、「同じ階級に世界チャンピオンが2人いたので、かなり厳しかった。井上、鈴木両選手のビデオ映像は擦り切れるほど見た。世界で一番見たと思います」。ビデオで試合を振り返り、なんとか勝ちたいという思いが強かったのだ。

大学の研究室の本棚には、コーチングのほかに名著『失敗と本質』をはじめ歴史や哲学に関する本が並ぶ
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