2012年ロンドン大会は科学的分析より根性論を優先

石井氏は大学卒業後、社会人を1年経験してから筑波大学大学院へ進学し、バイオメカニクスとコーチングについて研究する。大学院の恩師が元科学研究部長をしていたことから、石井氏は2005年、大学院2年のときに全柔連の科学研究部へ推薦してもらった。科学研究部には50人以上のスタッフがいる。大学関係者が多く、生理学、栄養学、ストレングス、ゲーム分析など専門分野は様々だ。その中で石井氏はコーチングを担当した。

旧ソ連や旧東ドイツ(ドイツ民主共和国)の本は「人権に配慮しない時代に膨大なデータを取得して書かれているため、とても貴重な文献」という
旧ソ連や旧東ドイツ(ドイツ民主共和国)の本は「人権に配慮しない時代に膨大なデータを取得して書かれているため、とても貴重な文献」という

当時の科学研究部長は運動連鎖(体の各部位に力が伝わり連動して動くこと)を専門とし、野球のピッチングでの研究が柔道にも応用できるのではないかと考え、大外刈りで研究を始めた。それを手伝っているうちに、2年目に海外の試合映像を撮影するように頼まれ、次第に試合映像データを収集・分析するようになっていった。

実は日本柔道の映像記録は他国に先駆けて1990年代に始まっている。だが2008年北京大会から12年ロンドン大会にかけて、「映像分析は必要ない。それより気持ちが大切だというスタンス」(石井氏)が取られた。科学的分析より根性論が優先されたのだ。当時はまだ選手もコーチもパソコンやスマートホンを使いこなしておらず、データ分析した結果をなかなか活用しきれていなかったのも事実で、時代的にはまだ早すぎたとも言える。

背景にある事情は様々だが、いずれにしてもロンドン大会は惨敗に終わった。男子の金メダルはゼロ。銀と銅が2つずつだけ。女子はかろうじて金が1つ、銀と銅が1つずつ。日本柔道のメダル獲得は五輪史上、最低となった。

こうしたロンドン大会の屈辱を受け、井上康生男子代表監督による新しい体制が発足した。第一線から引退した鈴木桂治氏も4人の男子コーチのひとりとして新体制に加わった。

石井氏は新体制発足から間もない2013年、監督・コーチ陣に「そもそもなぜ負けたのか。きちんと検証しなければいけない。それにはテクノロジーを活用したアプローチがいる。客観的な記録に基づいたゲーム分析が大切だ」を提案。自分が思い描いている情報分析・パフォーマンス分析の流れとその活用方法について説明した。具体的には次のような内容だ。

石井氏のイメージした「情報分析・パフォーマンス解析の流れ」
石井氏のイメージした「情報分析・パフォーマンス解析の流れ」
(提供:石井孝法氏)

上図をもとに説明しよう。情報分析・パフォーマンス分析の流れは多岐にわたる。まずスタッフを国際大会へ派遣し、会場視察、全試合撮影を行い、選手やコーチのニーズを確認して映像編集し提供する(青色の部分)。これらは1990年代に行われていた。2000年代になると、ピンク色の部分が加わり、リネームデータを作成し、撮影した試合映像をアップロードし配信するようになった。しかし、試合が行われる順番から休憩時間を把握し、どうリカバリーするかといったことや、試合映像にダグをつけて選手の組手や技、技を繰り出した時間帯など様々な情報を分析し、それをレポートにまとめることはまだできていなかった(図の緑色の部分)。

石井構想はこれまで手付かずだった内容を含め、すべての情報とパフォーマンスの分析について、その流れを整理し明確にしたものだった。その構想を聞かされた鈴木コーチはその綿密さと可能性に驚き、「これは宇宙も飛べちゃうね」と口にした。