一番大切なことはデータ分析から戦略を考えること

試合映像分析システムが持つ意義は何か。「単純に対戦相手の情報を分析し、まとめるだけのものではありません。一番大切なのは戦略を考えること。つまり長期プランを立てるのに分析システムは重要な役割を担うのです」と石井氏は解説する。

石井氏は過去のオリンピックの分析結果をもとに、2年前にこう予測した。「オリンピックの試合時間は長くなる傾向にある。そして、審判は『指導』をあまり取らない」

つまり、4分間の本戦では試合は決まらず、ゴールデンスコア方式の延長戦に入る可能性が高くなり、投げて勝たなければいけない――。石井氏はこう言い続けた。そして、それに備えるために石井氏が提案したのは、「強度の高い状態で長い時間を戦い続けるため、無酸素性の持久力を高める稽古が必要」ということだった。

長い試合が増え、延長戦が多くなる。それを戦い抜けるための持久力を高めることが必要だ――。それが石井氏の導き出した戦略だった。実際、東京五輪では長い試合が増え、審判は『指導』を取らない傾向が見られ、選手は持久力を試される戦いが増えたのだった。

もちろん試合映像分析システムから組手や技に関する細かな情報が得られ、コーチや選手はそれを活用した。石井氏は言う。「私は、長期的にどういう準備をするかなど、基本的には戦略に関わることだけ伝えました。組手や技など戦術、技術に関することはコーチや選手に任せていました」

「一番大切なのは、データ解析を基に戦略を考えること」と石井氏は語る
「一番大切なのは、データ解析を基に戦略を考えること」と石井氏は語る

選手の評価指標も変更した。日本人選手は常に一定レベルで実力を発揮する傾向が強いのに対して、外国人選手はオリンピックに照準を合わせた戦い方をする。オリンピック直前になってぐっと伸びる外国人選手がいるため、過去の成績を積み上げた世界ランキングではなく、直近の成績に基づいた評価指標に変更したのだ。

オリンピック前の6月にハンガリーで行われた世界柔道選手権大会の後、石井氏は井上監督に選手に次のことを話してほしいとお願いした。「オリンピックでは過去の相性はまったく意味のないことがデータで明らか。実力のある選手が上がってくるので、自分がどんなに相性のいい相手だと思っても、もう一度戦い方を見直してほしい」

7月の最終合宿のとき、高藤選手のコーチである古根川実代表コーチからこう声をかけられた。「石井くん、あの話はよかったよ。高藤は実際、リオのときに相性がいいと思っていた選手に負けた。そのことを再確認でき、準備ができた」

石井氏は「コーチが学べばスポーツはもっと楽しくなる」と話し、こう続ける。「人もテクノロジーも活用できないといけない。コーチはコーチ、アナリストはアナリストと細分化されているのは問題だと思う。もっとトータルで考えられるようにしなければいけない」

NPOスポーツコーチングアカデミア(https://sport-coaching-academia.or.jp)を2021年6月に立ち上げ、石井氏は理事長を務める
NPOスポーツコーチングアカデミア(https://sport-coaching-academia.or.jp)を2021年6月に立ち上げ、石井氏は理事長を務める

勝負の世界は厳しい。紙一重の差で勝ち負けが決まる。東京五輪の男女混合団体は決勝でフランスに1対4の大差で敗れた。「ギリギリの勝負で個人戦を戦い抜き、その達成感と疲労感で気力を継続させるのがきつかったのではないか」と石井氏は敗因を分析する。

3年後のパリ大会は、この敗戦の悔しさをバネに、男女混合団体でリベンジを果たしてくれるに違いない。柔道男子代表監督は10月1日付で鈴木桂治氏が就任し、井上康生氏からバトンを引き継いだ。日本柔道の重量級復権に強い思いをいだく鈴木新監督は、石井氏らが築き上げた試合映像解析システムをどう継承し発展させ、結果に結び付けていくのだろうか。3年後に迫るパリ大会が楽しみだ。