印象派の画家モネが自分の庭に咲かせたいと夢見た「青い睡蓮」が南国・高知の青空のもとで咲いている。

夏の最盛期には、ほかの色もあわせて300以上の睡蓮の花が咲き誇るという。訪れたのは10月半ば。睡蓮の季節は終わりに近づき、花の数は70ほどに減っていた。

「水の庭」にある太鼓橋。フランス・ジヴェルニーの「モネの庭」やモネの作品《日本の太鼓橋》でよく知られている光景だ
「水の庭」にある太鼓橋。フランス・ジヴェルニーの「モネの庭」やモネの作品《日本の太鼓橋》でよく知られている光景だ
(撮影:長坂 邦宏。以下、同)

「花がたくさん咲くとみなさんは喜ぶけれど、私は花の量ではないと思っている。一番大切にしているのは全体のバランス。雰囲気。それしかないですね」

庭園管理責任者の川上裕氏はそう話し、「このくらいの数のほうがいい」と言う。

川上裕氏は5歳で庭づくりに夢中になり、中学生の時からNHKの「趣味の園芸」をよく見ていたそうだ
川上裕氏は5歳で庭づくりに夢中になり、中学生の時からNHKの「趣味の園芸」をよく見ていたそうだ

「水の鏡」をつくり、モネの世界観を生み出す

水面に睡蓮の葉がいくつも集まって浮かび、ひとつの円形に広がる。その円形が絶妙な間隔を置いてとびとびにレイアウトされている。「飛石みたいでしょう。そんなふうに見るのもおもしろいですよ」と教えてくれる。

睡蓮の“飛石”の間にはスペースができ、「水の鏡」が生まれる。真っ青な空、真っ白な雲、周りの緑や色とりどりの草花、柳の枝などが信じられないほど鮮やかに映し込まれる。

水面に写し込まれた景色のほうが濃厚な色になり、白い雲と青空のコントラストがいっそう強調される
水面に写し込まれた景色のほうが濃厚な色になり、白い雲と青空のコントラストがいっそう強調される

「この水の鏡が大事なんです。傷んだ睡蓮、余分に出た葉を退(の)けたり、藻や落ち葉を取ったりして水の鏡をつくる。そして光を常に意識していたモネの世界観をつくり出す。それがこの『水の庭』なんです」(川上氏)

フランス・パリの北西約70キロにあるジヴェルニーには、モネが暮らした「モネの家」、作品のモデルとなった睡蓮が見られる「モネの庭」がある。そのジヴェルニーの庭のほうが、圧倒的に花が多いという。「うちは花が少なく、グリーンが多い。そう指摘されますよ。でもね、モネの時代はそうではなかったんじゃないかと私は思う」と川上氏は話す。

ここは高知県安芸郡にある「北川村『モネの庭』マルモッタン」。フランスのクロード・モネ財団から世界で唯一、「モネの庭」の名称を冠することを許された庭園だ。

園内には三つの庭がある。浮世絵や日本趣味に憧れたモネが太鼓橋を設置し、柳の木や藤などを植えた「水の庭」。四季の花が画家のパレットのように咲く「花の庭」、そして「北川村『モネの庭』マルモッタン」の開園20周年を記念して2020年にリニューアルした地中海風の「ボルディゲラの庭」だ。

川上村「モネの庭」マルモッタンの園内マップ。「水の庭」に近い駐車場の一角にチケット売り場がある
川上村「モネの庭」マルモッタンの園内マップ。「水の庭」に近い駐車場の一角にチケット売り場がある
(提供:北川村「モネの庭」マルモッタン)
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最も人気があるのが「水の庭」だ。対岸から眺める青い太鼓橋と枝が垂れる柳の木は写真集で見慣れた光景と同じで、目にした瞬間、「あっ、これこれ」と気持ちが高ぶる。やや興奮し視点をどこに定めたらいいか分からないところに、川上氏が「岸から下だけを見ればいい。ほら、ここ。水面に映った雲とかが美しいですよ」と教えてくれる。

「水の庭」には温帯性の睡蓮が8種類、熱帯性が10種類ほどある。水面に花が開くのが温帯性、水面から茎が飛び出て花が咲くのが熱帯性。青、青紫、紫の睡蓮を「青い睡蓮」と呼んでいる。その青い色は温帯性にはなく、モネが育てたかった熱帯性にしか見られない。

青や紫の睡蓮が「青い睡蓮」と呼ばれるもので、モネが夢見たものだ
青や紫の睡蓮が「青い睡蓮」と呼ばれるもので、モネが夢見たものだ

熱帯性の睡蓮は水温が24℃を超えると活発に成長しはじめ、30℃以上の高温になっても問題なく育つ。ところが、ジヴェルニーは真夏でも水温が24℃にいくかどうか。気温が低いので、モネは何度も生育を試みたが、花を咲かせることはできなかった。

モネ(1840-1926)は《青い睡蓮(Nymphéas bleus)》(オルセー美術館)という作品を1点残している。制作年は1916-19年。2000ミリ四方の正方形のキャンバスに描いた大作だ。モネは1883年、43歳の時にジヴェルニーへ引っ越し、亡くなるまでその地で制作活動を続け、庭づくりと睡蓮の生育にも熱心に取り組んだ。「画家にならなかったら庭師になっていた」と言うほど庭づくりが好きだったモネは、《青い睡蓮》を想像で描いたと言われている。

それはさておき、当初から「モネが憧れた『青い睡蓮』を高知でぜひ咲かせてほしい」とモネ財団から話があった。高知では夏場の水温が32℃を超す。実際、6月の中下旬には熱帯性の睡蓮が咲き始め、真夏に最盛期を迎える。そんな高知の気候なら「青い睡蓮」を咲かせられるに違いないという読みと期待があったのだ。

ベンチでくつろぐモネの写真が「水の庭」のバラのアーチの近くにある
ベンチでくつろぐモネの写真が「水の庭」のバラのアーチの近くにある