教育ICT基盤をクラウドに移行し、どこからでも学べる環境を構築

埼玉県 鴻巣市教育委員会 教育部長 齊藤隆志氏
埼玉県 鴻巣市教育委員会 教育部長 齊藤隆志氏

齊藤 鴻巣市は埼玉県のほぼ中央に位置し、人口は約11万8000人。公立の小学校が19校、中学校が8校あります。2019年9月にICTビジョン「学校教育情報化推進計画」を策定し、教育ICT環境の構築に取り組んできました。GIGAスクール構想は本計画の後押しになっています。本市の27の小中学校のうち5校をパイロット校に指定し、2021年1月から1人1台体制での学びを先行実施して、4月からはほかの学校でも同様に取り組んでいきます。

鴻巣市は情報化推進を通して教育を変える「学校教育情報化推進計画」を策定し、取り組んでいる
鴻巣市は情報化推進を通して教育を変える「学校教育情報化推進計画」を策定し、取り組んでいる
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 学びのデジタル化で実現する姿として、ICT機器を授業で使うことを目的とするのではなく、子供たちがICT機器を紙と鉛筆のような文房具のように自然に使えるようになることが重要と考えています。ICT活用教育により、鴻巣市で育った子供たちには、新時代で活躍できる資質と能力を身に付けてほしいというのが本市の思いです。

 本市では、「Moonshot for Education 〜Kounosu CIty〜」というプロジェクトを起ち上げ、先端技術を活用したICT環境の整備、人材の育成、学習形態の変革、子供と向き合う時間の創出という4つのポイントで学校教育変革に取り組み始めています。ムーンショット(Moonshot)は米国のアポロ計画で、ジョン・F・ケネディ大統領が「1960年代が終わる前に月面に人類を着陸させ、無事に地球に帰還させる」と宣言したことが元で、非常に困難ですが、実現すれば大きなインパクトをもたらす壮大な目標を意味します。

 本市では、教育ICT基盤をクラウドサービスへ全面移行し、学校内だけでなくネットワーク環境が利用できる場所であれば、どこからでも学べる環境を構築し、新型コロナウイルスなど感染症対策や災害などによる休校措置にも対応できるようにします。国立情報学研究所(NII)が提供・運用している学術情報ネットワーク「SINET」を活用し、そこに直結する日本マイクロソフトのクラウドプラットフォーム「Azure」上に基盤を整備することで、高度なセキュリティ環境を実現します。今回の整備で、教員も児童・生徒も1人1台のパソコンを持ち運んで使えるようになり、ドリル教材を活用した個々のペースでの学びを実現します。

鴻巣市は教育ICT基盤をクラウド上に全面移行し、どこからでも学べる環境を構築することに力を入れている
鴻巣市は教育ICT基盤をクラウド上に全面移行し、どこからでも学べる環境を構築することに力を入れている
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 また、教員研修を充実するだけでなく、教職員と児童・生徒に対して、情報技術の利用における適切で責任ある行動規範を学ぶ「デジタル・シチズンシップ教育」を実施します。

 従来は児童・生徒の出欠や成績管理などの校務作業は、個人情報保護の観点から学内のみに限定していましたが、より高いセキュリティを維持したテレワーク環境を整備し、在宅でも児童・生徒の個人情報に関わる校務などができる環境を実現して、教職員の負担軽減とワークライフバランスの向上を目指します。

学習者用デジタル教科書の可能性と課題

放送大学 教授 中川一史氏
放送大学 教授 中川一史氏

中川 私は、公益財団法人教科書研究センターの調査研究の委員長や、文部科学省の委託による「デジタル教科書の効果・影響等に関する実証研究事業」有識者会議の主査などを務めた経験を基に、学習者用デジタル教科書の可能性と課題について話していきます。

 学習者用デジタル教科書を巡る動きとして、2019年4月に学習者用デジタル教科書を制度化する「学校教育法等の一部を改正する法律」が施行され、紙の教科書を主たる教材として使用しながら、必要に応じて学習者用デジタル教科書を併用できるようになりました。

中川氏はデジタル教科書と紙の教科書の違いや、デジタル教科書を利用するメリットや新しい学びの特徴などを説明した
中川氏はデジタル教科書と紙の教科書の違いや、デジタル教科書を利用するメリットや新しい学びの特徴などを説明した
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 GIGAスクール構想により児童・生徒1人1台の端末と高速の校内ネットワークが整備されることで、ようやくデジタル教科書を実際に活用するICT環境が整います。

 文部科学省は、2020年6月に新学習指導要領の改訂に対応した「教育の情報化に関する手引」(追補版)を発行しました。私は本手引の作成検討会で副座長を務めました。この中で「これからの学びにとっては、ICTはマストアイテムであり、ICT環境は鉛筆やノート等の文房具と同様に教育現場において不可欠なものとなっていることを強く認識し、その整備を推進していくとともに、学校における教育の情報化を推進していくことは極めて重要である」(第1章 第1節 1.社会における情報化の急速な進展と教育の情報化)と示されています。

 ここに書かれたように、ICT環境は鉛筆やノートなどの文房具と同等のものという意識がどれだけ学校現場に浸透するかがポイントだと感じています。これはデジタル教科書だけに限りません。これまで学校には端末が配備されていても共有だったため、いつでも利用できるわけではありませんでした。今後は1台の端末を1人の児童・生徒が占有できるようになることで、全く異なる使い方ができるようになります。

 いま学校現場でデジタル教科書というと、電子黒板などの大型ディスプレイに表示して利用する「指導者用デジタル教科書」をイメージする教員が多いと思います。今回制度化されたのは児童・生徒が自分の端末で活用する「学習者用デジタル教科書」です。

 デジタル教科書の意味は大きく2つあると思います。まず紙の教科書と親しい関係にある教科書準拠の「親(しん)・教科書」であること。世の中にデジタル教材は山ほどありますが、ICT活用に慣れない教員にとって学習の単元に対応していないと使いこなすのが難しい面があります。デジタル教科書に紐づいたデジタル教材であれば、誰でも簡単に使うことができます。もう1つが、紙の教科書にはないデジタルならではの「脱・教科書」であること。

 紙の教科書の内容を収録したデジタル教科書とデジタル教材が一体となっていることで、文章や図表を抜き出すツールを活用したり、動画やアニメーション、音声を使ったり、ドリルやデジタル・ワークシートで学んだり、ほかのICT機器と組み合わせて児童・生徒の画面を教員側に表示したり、学校と家庭で学びを共有できたりします。

 一例として、教科書会社の光村図書出版の「マイ黒板」を紹介しましょう。教科書の紙面から本文やイラスト・写真を簡単に抜き出してマイ黒板に貼り付け、自分の考えをまとめることができる機能で、整理した画面をもとに友達と話し合うことで気づきが生まれます。自分の考えを見える化することにつながると思います。紙の教科書ではこのような使い方はできません。

デジタル教科書を活用することで、例えば光村図書出版の「マイ黒板」のように、教科書の紙面から本文やイラスト、写真などを抜き出して自分の考えをまとめるなど、紙の教科書にはない利用法が可能になる
デジタル教科書を活用することで、例えば光村図書出版の「マイ黒板」のように、教科書の紙面から本文やイラスト、写真などを抜き出して自分の考えをまとめるなど、紙の教科書にはない利用法が可能になる
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 デジタルであることで、いろいろなことの「しやすさ」が増します。例えば、教科書に線を引いたり書き込んだりというのはしにくいものですが、デジタル教科書であれば気軽に書き込んだり、それを消したりが簡単にできます。ほかにも、動画などを動かしやすいとか、ドリルなどを試しやすいというメリットがあります。書き込んだデータを保存しやすいとか、自分のまとめたものを説明しやすい特徴もあります。「個別最適化」という言葉で表せられますが、実態やペースに応じて取り組みやすいという点もあります。

 教科書協会の「学習者用デジタル教科書ガイドブック」に記載があるように、デジタル教科書には子供の特性に合わせられるようにさまざまな特別支援機能があり、例えば複数の色から自分に合った色を選ぶことができたり、音声読み上げ(機械音声)の速度を数段階で調節したりなどカスタマイズができます。

教科書協会の「学習者用デジタル教科書ガイドブック」に例示された教科書をカスタマイズして学びやすくする特別支援機能。文字色や背景色を変えたり、漢字にふりがな(ルビ)を表示させたりなどの機能が紹介されている
教科書協会の「学習者用デジタル教科書ガイドブック」に例示された教科書をカスタマイズして学びやすくする特別支援機能。文字色や背景色を変えたり、漢字にふりがな(ルビ)を表示させたりなどの機能が紹介されている
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 学習者用デジタル教科書は、紙の教科書が「読む教科書」だったのに対して、「書く教科書、共有する教科書」という比重が高まります。一方で、学習者用デジタル教科書を活用するには、児童・生徒の端末環境がきちんと整備されていることが前提で、さらに学習内容を共有するには授業支援ソフトや協働ツールの整備も必要になります。また、高速な通信ネットワーク環境の充実が必要なのは言うまでもありません。

 GIGAスクール構想やBYODの普及で常時1人1台の端末を利用できる「環境」は整備されつつあります。また、「制度」に関しては教科書の在り方について、紙の教科書との併用や使用時数の制限などの議論が進んでいます。これからは、デジタル教科書の「活用」と、活用のための教員や児童・生徒の「スキル」の向上がポイントになります。