遠隔授業は「競争ではなく協働を創造する技術」

慶應義塾大学 特任准教授 梅嶋真樹氏
慶應義塾大学 特任准教授 梅嶋真樹氏

梅嶋 慶應義塾大学で同時双方向の遠隔授業を実施してきた経験を紹介したいと思います。慶應大学のインターネットを活用した遠隔授業の推進に関して、私は第4代の取り組み担当になります。まず初代は村井純氏(現慶應義塾大学名誉教授)が日本におけるインターネット黎明期から、遠隔授業での利用を視野にインターネットの技術基盤作りと運用、活動を続け、インターネットと遠隔授業に道筋をつけました。2代目の國領二郎氏(現慶應義塾大学常任理事)が遠隔授業を大学院教育や生涯学習に定着させました、3代目の大川恵子氏(現慶應義塾大学教授)がアジアの全ての大学で遠隔授業が実施できるよう「アジア各国の大学間遠隔教育プロジェクト」(SOI Asia)に取り組みました。私は4代目として、大学では当たり前になった遠隔授業を小学校、中学校、高等学校で利用できるような技術や制度設計を推進してきました。

 その中で重視してきたのは、遠隔授業は「競争ではなく協働を創造する技術である」という点です。今回座長を務めている鈴木寛先生から、「教育のゴールは、学んでいる人間と教えている人間が共に笑顔でなければいけない」と教えられてきました。教育に関わる人々が笑顔でいるためには「協働」が重要で、いかに協働を創造するかに重点をおいた活動に取り組んできました。

 まず、現場の声です。遠隔授業を先導する全国の学校から、遠隔授業は先生と学生を支援する道具であってほしい、教員を代替するものではなく、遠隔授業で「学びの場をつなぎたい」、学校主導で遠隔授業を実現したいという声が聞かれました。本学SFC研究所プラットフォームデザイン・ラボの國領二郎代表は「遠隔授業とは、高い品質の授業を地理的差異なく学生へ届ける手段である」と話しています。こうしたビジョンをどう教室と言う現場で実現していくかに、20年にわたって取り組んできました。

 同時双方向型の遠隔授業は、大きく4つに類型化できます。1つは児童・生徒が多様な意見や考えに触れたり、協働して学習に取り組んだりできる「合同授業型」、外部の専門家などを呼び込んで児童・生徒の学習活動の質を高める「新しい学び提供型」、生徒が多様な科目選択を可能にして、学習機会を充実させる「教科・科目充実型」、学校に登校できなかったり、病気療養中だったりしても学びを続けることができる「在宅学習型」の4つです。

梅嶋氏は、同時双方向型の遠隔授業を4つに類型化し、それぞれの特徴を紹介した
梅嶋氏は、同時双方向型の遠隔授業を4つに類型化し、それぞれの特徴を紹介した
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 遠隔授業を行う上で「同時双方向である」ことは重要です。2015年の「学校教育法施行規則改正」で、高等学校の授業でも遠隔授業が解禁になり、授業は同時双方向であることが必須だと考えています。遠隔でも対面でも同時双方向の授業を行うことで、教員と学生が同じ時間に教え、学べます。

 私は、動画などを教育ツールの一つ、教材として高く評価しています。しかし、授業動画を配信するなどオンデマンド型の遠隔授業の欠点は、学生や生徒が授業の中で分からない点を教員に伝えてリアルタイムで授業の内容を変更させることができないことです。同時双方向であれば「ここが分からないから、もっと教えて」とその場で聞き、学べるのです。

 文部科学省では、2019年12月に「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」を改定しました。これにより6つのステップを踏むだけで遠隔授業を実施できます。新型コロナウイルスの感染症対策による遠隔授業が実施できたのは、このガイドラインが改定されたことが大きかったと考えています。

文部科学省は2019年12月、「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」を改定した。これにより6つのポイントに注意すれば遠隔授業を実施できるようになった
文部科学省は2019年12月、「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」を改定した。これにより6つのポイントに注意すれば遠隔授業を実施できるようになった
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 慶應義塾大学SFC研究所と富山県高岡市は2020年6月に地域振興に資する「ICTを活用した新たな学び環境創造に関する研究開発の連携協力協定」を締結し、協働していくことにしました。高岡市の地域資源を活用した地域教育の活性化や同時双方向の遠隔授業などの教育ICT研究の推進、「論理コミュニケーション」など新たな学びの設計、人材育成、GIGAスクール構想の活用が協働の内容になります。

 高岡市は全国的に見ても教育ICTの取り組みが遅れていていました。加えて、財政状況が厳しい自治体の一つです。しかし、市長、教育長、また教育委員会の皆さまと議論を重ね、この高岡市で持続可能な教育ICT環境の設計に取り組み、その成果を広く全国に公開していくことにしました。

 協定締結から6カ月で新型コロナの感染症対策など緊急時に児童・生徒が自宅からでも授業に参加でき、平時には教員が端末や場所を選ばずに職員会議や教育研究に参加できるシステムを構築しました。GIGAスクール構想で配備されたコンピューター端末のキッティング作業は、先生や学生、教育委員会のメンバー、私も参加しての手作業です。2020年12月時点で中学3年生は遠隔授業をできる体制にしました。

慶應義塾大学は富山県高岡市と協定を締結し、市内全ての小中学校、特別支援学校などがインターネットにつながる遠隔授業システムを設計した
慶應義塾大学は富山県高岡市と協定を締結し、市内全ての小中学校、特別支援学校などがインターネットにつながる遠隔授業システムを設計した
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 このように20年間にわたって遠隔授業に取り組んできた経験を基に、次に「デジタルノートの交換」を通して、学生や生徒と教員が結果ではなく経過(プロセス)を重視する教育を設計したいと考えています。子供たちが多くの先生とデジタルノートを共有することで、ノートを介したコミュニケーションを活発化し、◯✖️ではなく、さまざまな教員や専門家、人工知能(AI)とのコミュニケーションから自らの知識を構築するというものです。

 競争ではなく協働により「学んでいる人間と教えている人間が笑顔」でいることを実現したいと考えています。