2022年6月2日~4日に東京・有明で開催された「New Education Expo 2022 in 東京」では、ICT環境をどのように活用していくべきかをテーマに各種のセミナーが実施された。

 セミナーの一つで、GIGAスクール構想による1人1台端末の活用により、学習に関する行動を記録した学習ログについてパネルディスカッションが行われた。「小中学校における授業改善のための学習ログ活用の試み」と題して開催されたセミナーでは、東北大学大学院 情報科学研究科 教授・東京学芸大学大学院 教育学研究科 教授の堀田龍也氏がモデレーターを務め、パネリストに中村学園大学教育学部 教授の山本朋弘氏、宮城教育大学教育学部講師の板垣翔大氏、東北大学客員研究員の佐藤靖泰氏の3人と、学習ログ取得のためのシステム設計などを担当した内田洋行教育総合研究所の伊藤志帆氏が参加し、取得した学習ログをどのように読み解き、授業設計に生かすべきかというテーマで意見を交わした。

セミナー「小中学校における授業改善のための学習ログ活用の試み」では、学習ログについてパネルディスカッションが行われた
セミナー「小中学校における授業改善のための学習ログ活用の試み」では、学習ログについてパネルディスカッションが行われた
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 東北大学大学院情報科学研究科ラーニングアナリティクス研究センター(センター長:堀田龍也教授)と内田洋行教育総合研究所が共同で実施する「初等中等教育におけるラーニングアナリティクスに関する実践的研究プロジェクト」の実証内容を報告した。プロジェクトは、学習履歴を蓄積し可視化するラーニングアナリティクスシステムを利用した学習状況の分析と、教員の使い勝手や利用可能性の調査を目的として実施されている。

 学習ログの取得・分析に当たっては、京都大学学術情報メディアセンター 教授の緒方広明氏らが独自に開発したデジタル教材配信システムの「BookRoll」とラーニングアナリティクスシステム「LEAFシステム」を活用した。BookRollはWebブラウザーを使ってPDF教材を閲覧し、使った機能や操作内容、閲覧時間などが学習ログとして蓄積される。

 例えば、学習者用デジタル教科書にブックマークを設定したり、文章にマーカーを引いたり、メモを残したりするなどの学習行動が学習ログとなり、LEAFシステムで分析できる。PDFベースのデジタル教科書やデジタル教材を実証校で配信・閲覧して学習ログを蓄積した。

プロジェクトで利用したシステムの概要。京都大学 学術情報メディアセンターの緒方教授らが開発したデジタル教材配信システム「BookRoll」とラーニングアナリティクスシステム「LEAFシステム」を活用して学習ログを蓄積・分析する
プロジェクトで利用したシステムの概要。京都大学 学術情報メディアセンターの緒方教授らが開発したデジタル教材配信システム「BookRoll」とラーニングアナリティクスシステム「LEAFシステム」を活用して学習ログを蓄積・分析する
(出所:伊藤志帆氏の発表スライド)
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 プロジェクトを主導する堀田氏は「児童・生徒がPDF教材にマーカーを引くというシンプルな学習活動から得られたさまざまな学習ログを基に、教員がどのように授業を展開したり、改善したりしていくのかが鍵となる」と話す。

 分析ツールでは、利用した教材や児童・生徒、利用期間ごとに結果を表示できる。例えば、赤色のマーカーは文章中で重要な箇所に引き、黄色のマーカーは文章の内容・意味が分からない箇所に引くようにすると、それぞれの色が濃い場所ほど多くの児童・生徒がマーカーを引いていることが分かり、デジタル教科書のページ内のマーカーを引いている箇所や色の濃度で、児童・生徒がどのように理解しているかを教員は知ることができる。

 東北大学の佐藤氏は、仙台白百合学園小学校と宮城県富谷市立富ケ丘小学校で、BookRollを自由に活用してもらい、教員に授業づくりや実践の変容などを聞き取ったり、児童にアンケートを実施したりした内容を紹介した。佐藤氏は「分析ツールのLEAFシステムを活用することで、児童の学習実態や理解度が把握でき、授業展開や単元調整に生かせる」と学習ログの活用に期待を示した。

BookRollで多くの児童・生徒がマーカーを引いた場所ほど、色が濃く表示される。教員はマーカーを引いている箇所や色の濃度で、児童・生徒がどのように理解しているか知ることができる
BookRollで多くの児童・生徒がマーカーを引いた場所ほど、色が濃く表示される。教員はマーカーを引いている箇所や色の濃度で、児童・生徒がどのように理解しているか知ることができる
(出所:山本朋弘氏の発表スライド)
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 中村学園大学教育学部教授の山本氏は、熊本県高森町立高森中学校で、端末を自宅に持ち帰って学習してもらった実証事例を紹介した。山本氏は「学習ログに関しては、大学の事例では先行して研究されているが、小中学校での実践例は少ない。デジタル教科書と関連付けて、家庭への端末の持ち帰りに関する学習ログ分析が期待される」と話した。

 宮城教育大学の板垣氏は、宮城教育大学附属中学校での実践例を紹介した。技術科でのノコギリびきの技能指導にBookRollを活用した。生徒に文章ではなくPDF上の画像にマーカーを引かせ、色の濃淡から生徒の理解度を把握した。板垣氏は「技術科だけでなく、体育や音楽など実技が伴う科目でも応用して、技能習得に活用できるのではないかと感じている」と話した。

 司会を務めた堀田氏は「学習ログ取得や分析の実践は始まったばかりだ。学習ログはどこまでの範囲が児童・生徒の個人情報なのかなど議論すべき課題は多い。学習ログ分析の目的と範囲や活用に向けたタイムラインを設定し、研究を進めていくことが重要だ」とまとめた。

学習者用デジタル教科書について解説

 セミナーでは導入が進む学習者用デジタル教科書の活用についても議論が交わされた。「学習者用デジタル教科書の今後~ GIGAスクール構想の進展を踏まえ~」と題されたセミナーでは、放送大学 教授の中川一史氏がコーディネーターを務め、文部科学省 初等中等教育局教科書課 課長の安井順一郎氏と、東京学芸大学附属小金井小学校の鈴木秀樹氏がデジタル教科書の今後について議論した。

 中川氏は「GIGAスクール構想でデジタル教科書の活用が現実化したことで、児童・生徒の個別最適な学びと協働的な学びを具現化することができるようになる」と話した。

放送大学教授の中川氏は、デジタル教科書の良さは「書きやすい・消しやすい」「動かしやすい・試しやすい」「共有しやすい・連動しやすい」「大きくしやすい」「繰り返しやすい」「残しやすい」「説明しやすい」という7つのアクセスのしやすさにあると話した
放送大学教授の中川氏は、デジタル教科書の良さは「書きやすい・消しやすい」「動かしやすい・試しやすい」「共有しやすい・連動しやすい」「大きくしやすい」「繰り返しやすい」「残しやすい」「説明しやすい」という7つのアクセスのしやすさにあると話した
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 文部科学省の安井氏は、学習者用デジタル教科書が2024年度の本格導入が見込まれていて、2022年度からは全国の小中学校の一部の教科で導入が本格化している状況を説明した。文部科学省では、2022年度から「教科書・教材・ソフトウェアの在り方ワーキンググループ」が設置され、学習者用デジタル教科書の本格的な導入の在り方、デジタル教科書・教材や関連ソフトの適切な活用方法について議論を進めている。

 デジタル教科書は紙の教科書の検定制度などを通じて質が担保された主たる教材として、「子供と社会をつなぐ窓」の役割を果たし、デジタルの多様なリソースにアクセスできる学びの基盤になることが求められるという。デジタル教科書を通じてさまざまなデジタル教材にアクセスし、学習指導要領コードとひも付けて連携することも期待される。デジタル教科書に加えて、学習支援ソフトで個々の児童・生徒の学習状況や理解度を教員が把握したり、子供のアイデアや作成した資料を共有したり、グループで課題の共同作成を行って学習の質を高めていくことで、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を図るとしている。

2024年度の本格導入に向けて設置された「教科書・教材・ソフトウェアの在り方ワーキンググループ」では、デジタル教科書やデジタル教材、関連するソフトウエアの適切な活用方法について議論されている
2024年度の本格導入に向けて設置された「教科書・教材・ソフトウェアの在り方ワーキンググループ」では、デジタル教科書やデジタル教材、関連するソフトウエアの適切な活用方法について議論されている
(出所:安井順一郎氏の発表スライド)
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 東京学芸大学附属小金井小学校の鈴木氏は、「デジタルの強みを生かしていくためにデジタル教科書そのものに加えて、学校のネットワーク環境や利用する端末の整備、コンテンツを保存したり利用したりできる容量なども重要な要素となる。また、教科書本体と教材の一体での利用などに関して、教科書や教育制度の枠組みを考えていく必要があるのではないか」と話した。

東京学芸大学附属小金井小学校の鈴木氏は、教員の役割が変わり、知識を教えることから、子供の学びを支え導くことに変わると話した
東京学芸大学附属小金井小学校の鈴木氏は、教員の役割が変わり、知識を教えることから、子供の学びを支え導くことに変わると話した
(出所:鈴木秀樹氏の発表スライド)
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 議論を通じて参加者は、デジタル教科書の活用により児童・生徒の学びが広がり、音声を聞いたり動画を見たりしながら学ぶという新しい学習が広がっていくと指摘した。そうした中で、教員が果たすべき役割が、従来のような知識を教えることから、子供の学びを支え導いて学びを成立させるために授業を設計していくことに変わっていくという点を強調した。