取り組もうとしない学校に責任逃れや先送り意識はないか

 現在、真に深刻な問題は、いまだに取り組みに向かおうとしない学校があることです。端末がまだ箱のまま保管されているといったうわさも聞きます。取り組まない態度の根底には、「新たな取り組みへの説明責任を求められるような面倒なことに巻き込まれたくない」「もっと必要に迫られてから取り組めばよい」といった責任逃れ、先送り意識も見え隠れしており、大変残念に思います。

 先に述べたように、GIGAスクール構想は教育現場のICTの遅れに対する国の危機感が最高潮に達したことで実現した大規模な国費投入でした。そもそも学校におけるICT活用は、パソコンが開発された初期の段階から、国の研究支援や実証事業などで取り組まれてきました。活用の好事例も創出されています。ただし、それらは数万校のうちの数校に過ぎず、その後の広がりにつなげることができませんでした。

GIGAスクール構想以前の教育用コンピューターの整備状況。全体に低いだけでなく地域間の格差もある
GIGAスクール構想以前の教育用コンピューターの整備状況。全体に低いだけでなく地域間の格差もある
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 学校の環境整備を担う学校設置者は、公立校であれば地方自治体です。自治体には地方財政措置が講じられてはいたものの、これまでICT利活用の意義が理解されず、国も積極的な役割を果たせないでいました。そのため、長年にわたり学校にはICT環境が整わない、環境がなければ学校現場には活用好事例にも関心が持たれず、環境整備のニーズも高まらないといった悪循環が続いていました。整備に積極的な自治体との格差も拡大しました。

 これに危機意識を持った国は、まずは全国の学校一律に端末をはじめICT環境の大規模整備に直接国費を投入して、学校現場が利活用に思う存分取り組める状況を作りだすことにしたのです。

取り組まない学校は取り返しがつかない状況に

 学校でのICT利活用がスタンダード、当たり前となると、学校ICTの持続的な費用負担に対する理解も得られます。プールや体育館の整備、ランドセルや学習ドリルの購入と同じで、多くの保護者や公立学校設置自治体の納税者は何の疑問もなく、子供たちのために費用負担を行ってくれると思います。

 ところが、ICT利活用がいつまでも特別なものであり続ける学校に対しては、ICTの必要性はいつまでたっても理解されず、費用負担への理解も得られないままとなります。「うまくいってないからもう一度」の大規模公費投入が、納税者の立場からはどう見えるか想像していただければと思います。もはや国として直接打つ手はありません。今回のGIGAスクール構想から取り残された学校は、今度こそ取り返しのつかない状況に陥ります。今、政府が躍起となってGIGAスクール構想を推進している理由の一つもここにあります。

 取り組まないことに対し、さまざまな「言い訳」が持ち出されているようです。

使っていないところと格差が出るから ——> 既に利活用が進んでいる学校との格差が看過できないまでに拡大しつつあります
教職員は忙しいから ——> 楽にするために導入するのです
これまでのやり方で問題ないから——> 令和の学校教育の急速な進化に取り残されており、問題です
やり方が分からないから ——> 分かろうとしないのではないでしょうか

 ICT利活用を進めていた学校から異動となった教職員が、赴任先でも同じように取り組もうとしたら止められたなどと聞くにつけ、残念でなりません。本来そのような教職員は、赴任元の経験を生かし、ICT利活用のリーダーとして赴任先の学校をけん引してもらう役割を担うべきなのです。人間、得意不得意があるのは当然です。横並びには逆に無理があります。できるところから、できる人から取り組むことで、歩みを進めることが重要です。