オープンソースの壊し方
ここまでをまとめるとCOCOAの不幸は、
・政府のプロジェクト
・社会的意義と責任
・連続する不具合
・開発側に怠慢があるのではというイメージ
などが相まって、「批判することが正義」とみなされたことにあると思います。「こんなに社会的責任が重い存在が、不完全であることは許せない」という正義感が、「だからCOCOAは叩いても良い存在である」という「ネット上の空気」を招いたと言ってもよいでしょう。
正義感というのは本当に恐ろしいもので、人は自分が正義の側に立つと、とたんに残酷になれるようです。つい先日、リアリティー番組の出演者を態度が悪いなどと執拗に批判したあげく、とうとう自殺者まで出したのも全く同じ構造です。今度は自殺に追い込むまで批判した人を、正義の名のもとに追い込む人まで現れる始末です。まるで地獄のようです。
他人に対する共感能力と罪悪感に欠けていて、他社の苦痛をまったく配慮しない人のことを「サイコパス」と呼び、実社会には100人に1人くらいの割合で存在しているそうです。実社会では特にサイコパスというわけでもなく、普通に振る舞っているのに、ネット上ではサイコパスとしかいいようのない発言をする人は想像以上にたくさんいます。ネットを経由することで、相手が苦しんでいる姿が直接見えなければ、また、相手を批判するのは自分の正義感に照らして正当であると信じられれば、人は共感能力を失いサイコパス化するのでしょうか。
COCOAについても、ちょっとTwitterを眺めただけでも、「企業が開発してると思った」「(4100万円だと報道された)開発費を無駄遣いしてると思った」などの理由で、かなり強い口調でCOCOAやその開発者を批判している発言がたくさん見つかりました。
社会のためになると思ってボランティアとしてせっかく確認アプリを開発して、見ず知らずの人からこのような言葉を大量に浴びせられたら、その開発者はモチベーションを維持することは困難でしょう。OSSを成立させている要素として最大のものはモチベーションですから、このような批判はOSS(とそのコミュニティー)を破壊する方法としては最も効果的といえるでしょう。
「見なければよい」と言う人は、炎上的に批判されたことのない人だと思います。大量の批判にさらされたとき、それを無視できる人はほとんどいません。病むことが分かっていても、見てしまい、結果として苦しむものなのです。
どうあるべきだったか
では、このような不幸な事態を避けるためにはどのようにすればよかったのでしょうか。
私の考えでは、責任の所在をはっきりさせるべきだったのだと思います。上で述べたように、COCOAについては、
・Covid19RadarというOSS
・COCOAというそれをベースにしたアプリ
という2種類のソフトウエアが紛らわしい形で存在しており、さらにその関係や責任の所在については、憶測ばかり先行して、事実が十分に明らかになっているとはいえません。この透明性のなさは重大な問題だと思います。
ここは、厚労省が主体となってCOCOAという接触確認アプリを開発し(恐らく実際の開発は第三者が行うことになるでしょうが)、そのアプリのソースコードを適切なライセンス(Covid19Radarと同じMPLでよいと思います)で公開して、オープンソース化するという原則を貫いて、責任も厚労省が全面的に引き受けるべきだったと思います。
実際、ドイツではGoogle/Apple方式の接触確認アプリが採用されましたが、どうやらそのアプリそのもののソースコードがOSSとしてGitHubで公開されているようです。日本のような二重構造にはなっていないそうです。
COCOAとCovid19Radarの二重構造を解消し、説明責任が発注側にあることが明確になっていれば、少なくとも一般大衆からの批判がボランティアとして参加した個別の開発者に向かうことは避けられたでしょう。
OSSのコミュニティーが成立しているのは、コミュニティーメンバーが「同じ言語」を話していることにかなり依存しています。技術的知見がなくソフトウエア開発に対するリスペクトもない人からの批判に、コミュニティーが直接さらされると不幸を招きがちということが、この件によって改めて明らかになりました。
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