生徒の疑問を可視化する

 前述の九州大学の事例で使われているデジタル教材配信システム「BookRoll」は、教員が登録した教科書・教材を学生がWebブラウザーで閲覧し、その学習履歴を記録できる。これとデータ分析ツールやLMSを組み合わせることでラーニングアナリティクスを実践できる(図8)。

●学習者の行動を集計して可視化するBookRoll
●学習者の行動を集計して可視化するBookRoll
図8 デジタル教材配信システム「BookRoll」は、学習者がどの教材をどれくらい閲覧したか、どこにマーカーを引いたかといった操作情報を集計して可視化できる
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 京都市立西京高等学校と同附属中学校は、京都大学の緒方氏と協力し、BookRollを実際に授業で使って学習履歴を収集・分析した。西京高等学校の英語の授業では、図9のように「分からない単語」「大事だと思う部分」にそれぞれ色を指定してマーカーを引くように指示した。すると、英語の文章上で多くの生徒が印を付けた箇所ほど色が濃く表示され、ヒートマップとして確認できた。

●生徒の「分からない」を可視化
●生徒の「分からない」を可視化
図9 BookRollで配信した英語教材に生徒がマーキングした箇所を分析した。英文がヒートマップのように可視化され、生徒が分からなかった単語が明確になる(出所:京都市立西京高等学校 教諭芳賀康大氏「教育データの利活用による教育変革」)
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 もちろん、経験豊富な教員であれば、こうした手法を使う必要はないのかもしれない。しかし、同校教諭の芳賀康大氏は「多くの生徒を見る授業では限界があり、旧来の方法では教員の経験不足を補えない。ラーニングアナリティクスを活用すれば、クラス全体の傾向も生徒個人の状況も把握でき、指導に生かせる」と感じている。

 一方、西京高等学校附属中学校では、学校休業(休校)中に実施したオンデマンド形式の授業でBookRollを利用して教材を配信した(図10)。同校主幹教諭の宮部剛氏は「閲覧履歴を分析すると、長い休校期間中に学習時間が徐々に減っていることが分かった。生徒のモチベーション低下を発見できれば、タイミング良く学習の刺激を与えることが可能」と話す。

●生徒への声掛けにつなげる
●生徒への声掛けにつなげる
図10 教材の閲覧履歴を分析した例。教員は、生徒が分かりにくいと感じているところを詳しく解説する、教材をほとんど読んでいない生徒に声掛けをするといった対応が可能になる(出所:京都市立西京高等学校附属中学校 主幹教諭 宮部剛氏「教育データの利活用による教育変革」)
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急がれる仕組みづくり

 教育データの利活用やラーニングアナリティクスの研究はまだ初期段階で、本格的な実用化には時間がかかる。だが、東北大学大学院の堀田氏が指摘したように、2021年度はデータ・エビデンス駆動型の教育に向かって動き出した。

 文部科学省は、教育DX推進室に続いて2021年秋には国立教育政策研究所に教育データサイエンスセンターを設置する。その準備室 副センター長で教育DX推進室長の桐生崇氏は、「教育データサイエンスセンターを教育データ利活用に関する研究ネットワークのハブにしていきたい」と意気込む。さらに2021年度中には、学習指導要領コードを定めた教育データ標準の第1版に続く第2版や、教育現場における教育データ利活用ガイドブックを公表する予定だ。このガイドブックは、ビッグデータ解析ではなく、自治体や学校単位で蓄積した教育データを授業や学校運営に生かす事例を紹介するという。

 初等中等教育において学習履歴を保存する仕組みとしては、文部科学省が運営するCBTシステム「MEXCBT(メクビット)」とそこに接続する各社の教育向けプラットフォーム(学習eポータル)が、その役割を果たすと期待できる。

 とはいえ、解決すべき課題は多い。例えば、個人情報でもある教育データの扱い方に関するルールやポリシーは定まっていない。東北大学は「教育・学習データ利活用ポリシー」を定め、2021年度から学生の了承を得て教育データの収集を開始した。大学はまだしも、初等中等教育で学校ごとにこうしたポリシーを策定するのは現実的ではない。教育データを円滑に収集し、安全に保管・運用するための仕組みづくりも必要だ。

初出:2021年7月19日発行「日経パソコン 教育とICT No.17」