新型コロナウイルス感染症対策として始まったオンライン授業が、日本の大学の在り方を変えようとしている。ICTを活用して教育の効率化と深化を進められるのか。大学と教員は、コロナ後に向けて変容を迫られている。
検温を受け、手指を消毒して大学構内に入っていく学生たち。教員は「やっと一部の対面授業を再開できた。学生がいないキャンパスは寂しかった」と安堵の表情を見せる。しかし、大学関係者にとって本当の試練はこれからだ。1年前には想像もできなかったコロナ禍での日常が定着しつつある中、大学とそこで教える教員も変容を迫られている。
大学は新型コロナウイルス感染症対策のため対面(面接)授業を全面再開するのは難しく、ビデオ会議アプリや動画配信を利用した授業が当面続く。やむなく始めたオンライン(遠隔)授業だが、やってみれば教科によっては高い学修効果があることが分かった。コロナ禍が去ったとしても、大学はもう元通りにはならない。オンライン授業やオンデマンド学修の良さを生かし、ハイブリッド型の授業スタイルに変わっていく。むしろ、変わらなければ大学は生き残っていけないと言った方がよいだろう。
対面の全面再開は見えず
ほとんどの小中学校・高等学校では、5月中に学校での対面授業が始まった。対照的に大学は、大都市圏を中心にオンライン授業を基本としつつ一部で対面授業を再開するにとどまる。2020年10月の時点でも多くの大学生が学校に通えていない。
対面授業を全面再開できない理由は各大学ともほぼ同じ(図1)。もし、大学で新型コロナウイルス感染症のクラスターが発生すれば、再び学校をロックアウトして教育を止めてしまうことになり、学校としての信用を失う。東京大学で理事・副学長を務める大久保達也氏の「大学がクラスターの発生源になってはいけない。それは大学の社会的な責任」という言葉は、全ての大学関係者の胸中を代弁しているようだ。
感染防止と教育・研究の継続という社会的責任の間で苦悩する大学は、後期授業から対策を講じつつ対面授業を恐る恐る再開した(図2〜図4)。文部科学省の調査結果だけを見るとおおむね対面授業になったかのようにも見えるが、首都圏や大阪府の大規模大学では、オンライン授業を中心にしつつ、実習・実技、演習など一部で対面授業を実施するという対応が大半を占める。大学構内で学生が密にならないように配慮するには、教室の定員に対して半分かそれ以下の人数しか学生を入れられないため、感染症対策を続ける限り、対面授業の全面再開は難しい。
オンライン授業の功罪
やむなく始めた大学のオンライン授業だが、前期の実践を通して数多くのメリットがあることが実証された(図5)。オンライン授業の最大のメリットは、時間と空間の制約がなくなることだ。九州大学基幹教育院教授の野瀬健氏は、「時間の制約がないオンデマンド型のオンライン授業では、学生が自分のスピードで学修できることが好評だった」と説明する。青山学院大学 副学長の稲積宏誠氏は、「オンデマンド型の授業は予習も振り返りもでき、教科によっては対面授業と同等以上の学修効果が上がる」と評価している(22ページからの事例記事参照)。
良いことばかりではない。名古屋大学 副総長の藤巻朗氏は、前期の授業について「コミュニケーションが不十分だったのが一番の課題」と振り返る(図6)。教室での授業と違って学生はその場で質問ができず、周りの学生に聞くこともできない。
そうした不安が特に顕著だったのが、2020 年4 月に入学した新入生だ。2年生以上は友達や先輩など学生同士のつながりがあるのに対し、友達を作る機会すら与えられなかった1年生は、パソコンの画面の前で孤立していた。各大学が実施したアンケート結果で、2年生以上がオンライン授業に好意的なのとは対照的に、1年生が対面授業の再開を訴えるのは当然の結果だ。
大学教員の準備、スキル、配慮不足がオンライン授業に対する不満を招いた例も数多く報告されている(図7)。藤巻氏は「グッドプラクティス(好事例)はもちろん、バッドプラクティスを共有することも重要。中には新しい手法にチャレンジしてダメだったということもあるだろう。今はいろいろ試す良いチャンス」と指摘する。前期の授業で明らかになった問題は、事例の共有やアンケートのフィードバック、教員研修などを実施して解決する必要がある。