政府が緊急事態宣言を発出する前の2020年3月26日、国立情報学研究所は全国の大学が持つ遠隔教育の知見を共有するオンラインのシンポジウムをいち早く開始した。その中心として取り組みをけん引する喜連川優氏に話を聞いた。

感染防止と教育の両立に完璧な解はない、難しいならみんなで知恵を持ち寄ればよい

国立情報学研究所(NII) 所長 東京大学 教授 喜連川 優 氏

──各大学は感染症対策と教育の継続に苦慮しています。

 世間では「対面授業を少しやって、オンライン授業もやればいいじゃないか」くらいに思っているでしょう。しかし、対面授業で学校に来て、遠隔授業を挟んでまた対面だったら、学生は学校に居続けることになる。結局、大学のキャンパスが学生で濃密になる。世の中の人が言っているほど全然簡単なことではないのです。

──大学生にとって大学に来て学ぶことは重要ですが、オンライン授業の良さもたくさん明らかになりました。

 先日のオンラインシンポジウムでは、子供さんがいる研究者さんが抱っこしながら発表していました。私は、そういうのを見ると「これはもうやらざるを得ない、なんで僕たちは今までしてこなかったのか」というギルティーな気持ちにもなります。だから、オンライン授業の限界は理解しつつも、良いところはちゃんと見つめる必要があると思います。

 感染症対策をしながら対面授業を再開していくのは大変でお金もかかりますが、小さい大学だから、経済力がないからといって何もできないなんてことは全然なくて、いろいろ工夫されていると思います。そうした知恵を持ち寄って共有すればよいのです。こういうときは、みんな一緒に協力しなければいけません。

──国立情報学研究所のサイバーシンポジウムでは学習履歴を調査した結果も報告されました。

 ビデオコンテンツを見た学生たちは「分からないところを何度も見られる」と言います。それを逆に言うと、そこの部分の教え方が下手だということです。学習データを取って分析するといったことができなかった時代には、分からなかったことです。

──そのためには授業のデジタル化、大学のデジタルトランスフォーメーションを進めていくべきではありませんか。

 私はデジタルトランスフォーメーションという言葉はバズワードにすぎないと思っています。先ほどの話だと、デジタルで学修のデータを取れるようにするには、とても細やかなステップを踏んで進めなければいけないわけで、一概に「DXをやるべきだ」みたいな話は空虚な議論だと思いますよ。もっと実のあるロジックを一つひとつ、しっかり積み上げていかないと。

 我々の世代は、コンピューターはハードウエア部品を自分で買ってきて作っていたから、コンピューターがどうやって動くのか、一番根っこのところが分かっています。今の人はアプリをダウンロードして使うだけ。そこからDX が何たるものかを考えるのは本当にしんどいと思います。子供たちがそうした原点に立ち戻る努力をしなければいけないと思います。

──誰もが学修する教科は、優れたデジタル教材と評価方法があれば十分ではないでしょうか。大学は、その分のリソースをより学修効果が高い教育法や研究に振り向けた方がよいのではないでしょうか。

 私は以前からそれに近いことを言っていました。予備校では、ずっと前からカリスマ講師が全国の生徒に講義を配信していますよね。それをさらに進めるのがMOOC(注)で、1本良いものを作れば、それで完了です。ただし、その先にはまだ考えなければならないこともありますが、それはまた別の機会に話しましょう。

※ Massive Open Online Courses: 大規模公開オンライン講座

「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」は、2020年10月9日時点で18回ものオンライン会議を開催し、遠隔教育に関する各大学の取り組み事例やデータを共有している。過去の資料や動画のアーカイブもあるので、ぜひ参考にしていただきたい

初出:2020年10月19日発行「日経パソコン 教育とICT No.14」