情報教育はソフトの使い方ではなく、リテラシーやモラルに重点

 著作権教育などはどのようにしているのでしょうか。

 教科「情報」で教えています。「情報」ではソフトの使い方ではなくて、リテラシーであるとかモラルであるとか、そうしたことを重点的にやっている。著作権の考え方もそうです。そういう考え方を生徒の頭に入れた状態で、いろいろ問題も出てくるだろうけど、出てきたらある意味そのときはチャンスです。失敗する機会を中学とか高校の間に与えてあげないと。

 例えばクローズドな場で著作権にひっかかるようなものが生徒から出ることがあるじゃないですか。これをもし一般に公開しようとしたら、「それは明らかにあかんよね、何でやと思う」といった問題を提起することが学校の中でできます。

 だから最初から「著作権、著作権」と言って発想を貧困にしていくよりは、まず最初にやりたいことを「やってみ」とやらせておいて、それを実際にやろうと思うと「その人の利益を害するよね」といったように、知っていくべき順番があるんじゃないかな、と思うんですよね。

 生徒が学校にスマートフォンを持ってこれるなどかなり自由な環境を実現しています。

 うちも元々は生徒が携帯電話を持つことすら禁止にしていたんですよ。ものすごく厳しい学校だった。でも実際は誰もが自宅では持ってるんですよ。学校に持ってきて見つかった場合は、解約させていました。

 学校には持ってこなくても生徒はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)も当たり前に使っているんですよ。そこでは当然友だちの悪口も出るだろうし、嫌がらせもあるでしょう。でも、禁止している状況では、本当に良心を持っている生徒が、(こうしたことを)先生に言えないんですよ。だって携帯を持つこと自体がダメなんだから。自分が持っていること自体がダメなんです。だから、「こんなことをあのこがやってるけど、これはあかんわ」と思っても先生に言えない。

同校は高等学校として、米アップルが模範的な学習環境のビジョンを体現している学校を認定するプログラム「Apple Distinguished Program」の日本初の認定校である

 報告することで自分が校則違反をしていることが分かってしまう。

 心ある子が動けなくなる。怖いですよ。だから表沙汰になるときは、もうどうしようもないときですよ。今は生徒がSNSを使うのは当たり前です。iPadを導入してから、携帯を持たさない意味がなくなったので、今は携帯はOKになりました。生徒は修学旅行にも持っていってます。

 生徒は先生が恐れるほど愚かではないです。一方、先生はがちがちに恐れています。生徒は知らないことがあったらその場でスマホで調べている。これまでは一番知識を集約するべき学校で、情報のファーストアクセスの道具を禁止していたことになります。

 「どういった情報が本物か」「アクセスしてはいけない場所はどこか」を教えるのが学校です。いくら学校でインターネットにフィルターをかけて制限しても、生徒のスマホは素通しです。生徒が自律して歩けるようにするのが学校です。むしろ学校はそういう失敗する機会を与えるくらいの方がいいような気がします。

 iPad導入に当たって何か新たな規則を設けたのでしょうか。

 うちの学校ではiPadを導入するときに、新しい懲戒の規定を作らなければといった議論もあったんですよ。例えば盗撮であるとか、何か悪口の書き込みとか、何か条項を作らなければと言われてたんですが、一つも作らずに済みました。

 例えば先生の悪口をネットに書き込んで停学になった生徒がいたんですが、これは皆の前で先生を侮辱したのと同じことです。元からある不適切な発言を禁止する条項で十分対処できる話です。iPadを導入したからといって特別に何か悪いことが起こるなんてことはありえない、といったことが分かってきた。

 一般的には学校の中で使うとき、がちがちに管理するでしょ。でもアプリをインストールできないiPadなんて何も面白くないですよ。そこまでするなら持たせない方がいいでしょう。

 近畿大学学園は実学教育と人格教育を建学の精神にしています。人の役に立つためには自分が動かなければならないという教育をしています。他校が導入に二の足を踏んでいる間に、我々は自分たちのやりたい教育を作っていけばいいと思っています。