社会のさまざまな分野でAI(人工知能)の活用が広がっている。富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、ユーザーの音声を認識して、コンテンツの再生やネット検索、家電の操作などができるAIアシスタント「ふくまろ」を個人向けのパソコンに搭載している。
 音楽の世界ではコンピューターの黎明期から、特定のアルゴリズムを使って曲を生成する取り組みがなされている。また、AIとは無縁と思われがちなクラシック音楽の分野でも、AIを活用する試みが始まっている。
 2019年1月27日には、ふくまろと連携したクラシックコンサートを東京・杉並で開催する。コンサートでは、演奏者の呼びかけに応じて、ふくまろがオーケストラの演奏を流したり、作曲家や楽器などの画像を映し出したりする。また、ふくまろが流す曲に合わせて、2人の演奏者がホルンとフルートを演奏するという。(関連記事
 パーソナルコンピューティングや音楽分野でのAIの進化や活用には、どのような可能性があるのだろうか。東京藝術大学 音楽学部 器楽科(室内楽&ホルン) 准教授の日高剛氏と、富士通クライアントコンピューティング 副社長 COO (兼)生産管理本部長の竹田弘康氏に聞いた。(聞き手・中野 淳=PCメディア編集部)

——クラシック音楽の分野でも、AIの活用が研究されているようですね。

日高剛准教授(以下、日高):クラシック音楽の世界でも最近、AIを活用した研究が広がっています。例えば、東京藝術大学 先端芸術表現科 教授 芸術情報センター長の古川聖先生は、「Soundroid」というサービスを研究しています。

 Soundroidは、個人が作業する際の「集中質」を高める音楽を、AIを使って自動で生成するというサービスです。利用者は最初に作業の内容や場所、気分などの情報を入力します。このとき、撮影した顔写真から表情を分析して、利用者の状態を把握することもできます。こうして入力した情報を基に、自動で音楽を生成します。Soundroidは、ネット上で登録すれば誰でも利用できます。利用者が最初に入力した情報や曲の満足度などからAIが機械学習することで、より質の高いサービスにする研究を進めています。

東京藝術大学 音楽学部 器楽科(室内楽&ホルン) 准教授の日高剛氏。長崎大学経済学部を卒業後、東京藝術大学、オランダ・マーストリヒト音楽院にてホルンを学ぶ。2000年広島交響楽団に入団、その後日本フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団、NHK交響楽団ホルン奏者を歴任。現在、東京藝術大学准教授。国立音楽大学講師、日本センチュリー交響楽団首席客演ホルン奏者を務める

——パーソナルコンピューティングの分野でも、AIの活用が広がっています。

竹田弘康副社長(以下、竹田):ふくまろをパソコンに搭載したのは、「愛くるしさ」「親しみやすさ」という要素をパソコンに加えることで、もっとパソコンの良さを感じて使っていただきたいという気持ちからです。家庭でのパソコンを、もう1人の家族という存在にしたいと考えています。

 ふくまろは、はやりの「AIスピーカー」と似た機能を備えています。AIスピーカーの場合は、すべての情報がクラウドに送られます。個人情報がクラウドに行くことを懸念するユーザーもいます。そこで私たちが考えたのが「パーソナルAI」です。最低限必要なことはクラウドと情報をやり取りするが、個人的な情報は家庭のパソコンにキープできます。こういう身近なAIがふくまろです。

 ふくまろはまだ、進化の途上です。今後はユーザーの感情が分かる機能なども盛り込みたいと考えています。内蔵カメラで「楽しそうな顔」「悲しそうな顔」などを認識して、ふくまろが呼びかけるようになると、本当の意味で家族の一員になるのではないでしょうか。

富士通クライアントコンピューティング 副社長 COO (兼)生産管理本部長の竹田弘康氏

——先ほどの古川先生の研究成果を生かせると将来、ふくまろが一人ひとりに最適な音楽を再生できるようになる可能性もありますね。家庭以外の分野でのAI活用は考えられますか。

竹田:私たちのパソコンは、事務所や工場などでも使われています。クラウド的な機能を自分のテリトリーの中で活用する「エッジコンピューティング」に、AIを取り込みたいと考えています。このために、パソコンにAIの演算ができる技術を組み込んだコンピューター「Infini-Brain」(インフィニブレイン)を開発しています。これによって、情報をクラウドに送らず、手元に置いておくことが可能になります。クラウドに比べて、判断する速度も向上できると考えています。

 活用分野の1つは、店舗の万引き防止です。「KEN」という開発コードの取り組みで、AIが店舗内の映像をリアルタイムに分析して防犯に役立てます。KENは、「見て」「賢く」「検出して」「堅牢にお客様の」「健全なビジネスをサポートする」のそれぞれ冒頭の漢字の音読みから選びました。

 病院のリハビリにもInfini-Brainを活用できると考えています。例えば、患者さんの手の動きや指の動き、表情などをAIが認知して分析します。この結果を基に人がリハビリの計画を立てるといった具合です。学校での利用も可能です。Infini-Brainの画像処理の能力を生かして子供たちの顔色を確認して、教員がきちんと声掛けできるようにするなどです。

日高:私は理学療法士と一緒に、楽器の奏法について研究しています。体の姿勢や息の使い方を適切にすることで、演奏の質を高めることができます。AIの画像処理技術を使って、「姿勢がこういう風にずれているので修正しましょう」と分かりやすく指導できるようになるシステムがあるといいですね。

竹田:そういうサポートをするのは、AIはすごく得意です。人の判断の価値は、これからもなくならないと考えています。AIは常に、人をサポートするツールとして存在します。AIが出した要素を基に、最後は人が判断するというミックスになるでしょう。

——ふくまろと連携したクラシックコンサートを開催しますね。

「ふくまろ」と連携するコンサート「親子で楽しむ はじめてのクラシックコンサート♪」で演奏するホルンの相原結さん(左)とフルートの上塚恵理さん(右)。パソコンの画面のキャラクターがふくまろ

竹田:ふくまろを世に出して約1年がたち、ふくまろが色々な場面で使われるようになりました。今回のコンサートでは、演奏者がどういう使い方をしてくれるのか、子供たちがどういう反応をするのかを楽しみにしています。

 2020年度には、小学校でプログラミングが必修になります。こうした動きに適合するように、ふくまろがタイピングを教えてくれたり、プログラミングを学べたりするパソコンを製品化しました。会場では、こうしたパソコンやふくまろを体験していただけるようにします。これをきっかけに、お子さんが小学校入学前にパソコンやプログラミングに触れていただけると嬉しいですね。

日高:普段クラシック音楽を聞かない人も、演奏に親しみやすさを感じるのではないでしょうか。オーケストラを聞きに行ってみようというきっかけにもなると思います。

 コンサートの途中に、いろいろなことを思いつくことがあります。こうした技術が進化して、準備していなくてもAIが作曲家の情報などをその場で出せるようになるといいですね。また将来、人の演奏に即興でAIが反応して、人とAIが一緒に演奏できるようになると面白いと思います。

 これから先、「音楽とAI」の世界はどんどん広がるのではないかと感じています。クラシック業界では、演奏がAIに取って代わられることはないだろうという暗黙の認識がありますが、私自身はそういう可能性もないとは言えないと思っています。いろいろと勉強しながら技術の向上を目指しています。