――日本では、一部の公立小学校(注:品川区立京陽小学校、関連記事2)での取り組みのように、6年生が1年生を教える事例が出てきています。ただし、そうした体制になるまでに2年かかっています。この期間を短くすることは可能でしょうか。

 短期間での実現を目指すことも必要とは思いますが、やはり長期にわたって先生がきちんとプログラミングを教えられるようにするシステム作りが重要です。

写真2●2016年8月に開催されたScratch Conference 2016の基調講演にて

――少し極端な言い方になりますが、「コンピュータが子どもたちを教えればいい」というように考える人たちもいます。例えば、パズル型のチュートリアルで子どもたちが学べば先生は要らないのではないかという意見もあります。

 パズル型のチュートリアルは、「書くこと」のたとえでいえば、クロスワードパズルに相当すると思います。クロスワードパズルを与えて、文章が書けるようになることを期待するでしょうか。

 限られた“成功”、言い換えれば特定のスキルを学ぶのが目的であれば、パズル型チュートリアルが役立つこともあるでしょう。ただし、私のゴールである新しい表現手段や学びを得るためには役に立たないのです。

――一方で、プログラミングを職業訓練だと捉える人もいます。小学生のころから、例えばスマホ・アプリを書けるようになることを目的とする塾や教室もありますね。

 さまざまな目的があってよいと思いますが、職業訓練という目的は私のゴールとは異なります。私のゴールは一貫して、表現手段としてのプログラミングなのです。

――さらにいえば、プログラミングを職業訓練や表現手段としてではなく、計算機科学を学ぶうえでの学問の一環として捉える人もいます。その場合、構築主義的にプログラミングを学ぶだけでは、基本的な知識や技能が身に付かないという批判もあります。学問としてコンピュータを学ぶ、その一部にプログラミングがあるという考え方です。

 私が思うに、どちらも重要です。基礎学力を付けるうえで、学問として学ぶことも大切ですし、自らの興味に紐付いた表現手法として学ぶことも大切です。どちらか一方だけということではないと思います。