確かに過去やほかのアート部門の作品と比べたらかなり地味だ。しかし筆者はこの作品から作者のかつてのプログラミング言語への郷愁やプログラミングへの慈しみのようなものを感じた。グラデーションを描画するためだけのシンプルなソースコードたちの多くはレガシー的な「古い」言語だ。

 この作品はかつて使われていたプログラミング言語を6種類並べており、各言語の構文の特徴や実際の開発環境を可視化したものとも言えるだろう。プログラミングに長く携わっている人なら「懐かしい」と昔を思い出すかもしれない。全くプログラミング経験のない人はどうだろうか。コードはシンプルなので何となく意味は伝わりそうな気がする。プログラムコードを通じて過去と現在、プログラミングのスキルのある人とない人をつなげるきっかけにもなりそうな気がする。

 額の下には作者からのコメントとして、それぞれの言語の解説と作者とのかかわりが記してある。例えばBasicなら「Basicは、私が生まれた1964年頃に発表されました。このBasicと出会ったのは(以下略)」という具合だ。言語の歴史や概要を紹介しつつも、作者がIT技術とかかわった半生も重ねてつづられている。個人的な思い出や思い入れも込められている。

 作者はCHUNG Waiching Bryan(チュン・ワイチン・ブライアン)[英国]。IT技術とのかかわりは30年にも及ぶ。かつてIBMに勤務したこともあるそうだ。IT業界でのキャリアが長く、スーツを着ているせいか、アーティストというよりは企業システムの現場にいそうな人物だ。

作者のCHUNG Waiching Bryan(チュン・ワイチン・ブライアン)[英国]氏

 最初に受賞の知らせを聞いたときの感想をチュン氏に聞くと「うれしかったですよ。驚きました」と控えめに笑う。個人的な思い入れをこめた作品だから気恥ずかしさもあるのかもしれない。同氏は作品について「IT業界はプログラミング言語や技術が瞬く間に古くなります。この作品を通じて歴史を顧みて、過去の技術への敬意を示そうと思いました」と解説した。

 IT業界の先輩として現役の技術者たちへメッセージをお願いすると、こう述べてくれた。「クリエイティブであること、イノベーティブであること。境界を越えて自分のスキルなどを広げることに挑戦してください。言語だけではなく芸術的な表現を学ぶことも大切です」

 近年メディア芸術祭では高度な技術を活用し、デジタルや仮想の世界をテーマにした作品をよく見る。一方でテクノロジーを用いながらもアナログを感じさせる作品も根強くある。今回は後者の傾向が強かったように思う。派手さは少ないものの、奥深く成熟した作品が目立った。アート部門大賞がプログラムコードのプリント額装となったところが象徴的だった。